松田丈志はコーチとスポンサー探し?競泳リレーメンバーの名言はリオでも?

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自身4度目のオリンピックとなるリオデジャネイロ大会に、競泳チーム最年長で出場する松田丈志選手。北京、ロンドンに続く3大会連続のメダル獲得を期待したいですね。
そこで今回は、松田選手を紹介します。

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プロフィール

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名前  :松田 丈志(まつだ たけし)
生年月日:1984年6月23日
出身地 :宮崎県延岡市
身長  :184 cm
血液型 :O型
種目  :バタフライ、自由形
所属  :セガサミーホールディングス
出身高校:延岡学園高校
出身大学:中京大学→中京大学大学院

経歴

松田選手は、地元の東海(とうみ)スイミングクラブで4歳から水泳を始めます。
久世由美子コーチ指導のもと実力を発揮し、日本代表の座をつかむと、練習していたプールがビニールハウスの屋根でつくられていたことから「ビニールハウス生まれのヒーロー」と呼ばれました。

自身初のオリンピックとなる2004年アテネ五輪、400m自由形で決勝進出をしますが、メダルには届きませんでした。4年後の北京オリンピックでは、200mバタフライで銅メダルを獲得しています。

2012年ロンドンオリンピックは、競泳チームのキャプテンとして出場し、200mバタフライで銅メダル、400mメドレーリレーで銀メダルを獲得しました。

リオデジャネイロオリンピックの800mフリーリレー で日本代表に選ばれ、4大会連続のオリンピック出場を決めています。

コーチとスポンサー探しも

松田選手は水泳を始めた頃から、久世コーチのもとで練習に励み、一時は平井伯昌コーチに師事しますが、再び久世コーチの指導を受けています。

大学進学の際には、久世コーチと一緒ということを条件としていたため、それを受け入れてくれた中京大学へ進みます。名古屋でコーチと一緒に下宿生活をしたそうです。

二人三脚で歩んできた久世コーチとは苦労もありました。
2008年末に所属していたミズノとの契約が終わり、新たにレオパレス21に所属しますが、1年で契約が終了。

その後、スポンサー探しをすることになり、約600社に上る企業に手紙を出したといいます。そんな中、コスモス薬品がスポンサーとして名乗りを挙げ、契約を結びました。契約終了後は、セガサミーホールディングスに所属しています。

松田選手は以前、「ぼくは両親と久世コーチとコーチの旦那さんの4人に育てられた」とコメントしたこともありました。松田選手にとって4人の両親は、競技生活を支えたかけがえのない存在なのでしょう。

競泳リレーメンバーの名言

松田選手のコメントで印象に残っているのは、ロンドンオリンピックで銀メダルを獲得した400mメドレーリレーのレース後。個人種目でメダルを逃した北島選手を想い「3人で“康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない”と話していました。」とコメントしました。この言葉は、名言として多くの人の心に刻まれたことでしょう。

松田選手はリオデジャネイロ オリンピックに800mリレーのみに出場しますが、リレーメンバーの合言葉は「丈志さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかない」のようです。後輩たちの熱い思いに感動します。チーム一丸となって泳ぐ姿が今から楽しみです。

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