三浦大輔の引退試合でラミレス監督の粋な采配!ブログの自撮り写真が上手い!

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今シーズン限りで引退した「ハマの番長」こと三浦大輔選手。横浜一筋25年、ファンを愛し、ファンからも愛され、選手からも慕われる存在です。そんな三浦選手に迫りたいと思います。

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プロフィール

名前   :三浦 大輔(みうら だいすけ)
生年月日 :1973年12月25日
出身地  :奈良県橿原市
身長   :183 cm
血液型  :B型
投球・打席:右投右打
ポジション: 投手

選手歴

大和高田市立高田商業高校
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
横浜DeNAベイスターズ (1992 – 2016)

経歴

高田商業高校から1991年ドラフト6位で横浜大洋ホエールズに入団します。

1993年にプロ初勝利・初完投を記録し、1995年から先発ローテーションに入ると、背番号を「46」→「18」に変更した1998年、チームのリーグ優勝、日本一に貢献しました。

2004年アテネオリンピックに日本代表メンバーとして出場し、銅メダルを獲得、翌2005年には、初のタイトル(最優秀防御率・最多奪三振)を獲得しました。

2008年オフにFA宣言をし、阪神タイガースが獲得に動きましたが、残留を決意。

一時期は不調に陥り、引退すら囁かれましたが、それを乗り越える精神的な強さも持ち合わせていました。2012年に通算150勝を達成し、2014年からは一軍の投手コーチを兼任します。2016年には24年連続安打を記録し、ギネス世界記録にも認定。この年に引退を表明しました。

引退試合でラミレス監督の粋な采配

三浦選手の引退試合は9月29日、横浜スタジアムで行われたヤクルト戦に先発しました。この試合の始球式は、中学生の息子さんが務めています。

結果は、6回1/3を投げて12安打10失点で降板しましたが、ラミレス監督の采配が話題になり、感動した人も多いようです。

6回終了時点で10失点という大量失点を喫し、この回で降板だと悟ったスタンドのファンは、大きな拍手を送りました。しかしその裏、先頭打者の三浦選手はそのまま打席に立ったのです。

ラミレス監督は、「代えるならマウンド上で代えたい」「ファンから声援をもらってマウンドから降りてもらおう」と思っていたそうです。そんな監督の温かな想いを受け、打席に立つ三浦選手の目には涙があふれていました。そして、7回もマウンドに上がり、先頭の雄平選手を空振り三振に仕留めた場面で交代を告げられ、マウンドを降りました。

試合後のセレモニーでは、現役生活を振り返り、スピーチをしました。最後は「これからも三浦大輔はずっと横浜です。ヨロシク!ありがとうございました!」と、締めくくりました。

ブログの自撮りが上手すぎる

そんな三浦選手のオフィシャルブログ「ハマの番長」は、ほぼ毎日更新されています。自撮り画像をアップしているのですが、三浦選手は右下の同じ位置に写っているため「うますぎる」「クオリティ高すぎ」と、話題になっています。以前、テレビ番組「マツコ&有吉の怒り新党」で紹介されたこともありました。また、文章は短めで「ヨ・ロ・シ・ク!」で締めくくるところも特徴です。

引退は寂しいというファンは多いと思いますが、これからの活躍を楽しみにしたいと思います。現役生活、お疲れ様でした。

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